3.原爆投下の翌日 昭和20年8月7日

 翌朝、学校へ行く途中、三篠橋の近くで、眉間(みけん)に木片の突き刺さったままの兵隊さんが、蛸壺(22)から半身乗り出した状態で死んでいました。黒焦げになった死体は幾つも見て死体には不感症になってはいましたが、土色の死顔を見たのは初めてなので、ゾットしたことを思いだします。また、学校の帰り道のまん中で、女の人が仰向けになって死んでいました。人っ子一人居ない、真昼の住宅街のシーンと静まりかえった焼跡にある死体は、妙に生々しく、どうしても側を通ることができず、後戻りして別の道を通りました。死体を恐いと思ったのはこの二回だけで、その内に、感覚が痲痺してしまつたのか、死体を単なる物体としか見なくなり、何とも思わなくなってしまい、焼け焦げて埋まっている死体を踏まないように一寸避ける程度になってしまい、人の死を何とも思わなくなっていました。このような時に、人間、何をしでかすか解らなくなるのが良くわかります。戦争は、このような一種の異常な心理状態を人為的に創り出して、平常の感覚では、出来ないようなことを、組織的にやらせるシステムであり、そのような時に、残虐行為も行われることになるのでしょう。げに、人間は恐ろしいものです。 

学生時代に、私のクラスにフィリピンから来ていた留学生のバイランさんが、

「日本に来て見ると、親切で、礼儀正しい日本人と、戦争中のフィリピンで見た残虐な日本人と、日本人には二種類あるようだ。」と、言ったのに対して、私が、

「同じ人間が、ある状況のもとで、神のようにもなるし、また、悪魔にも豹変することがある。個人の中に潜む魔性を、あらゆる情報操作や権力を動員して、組織的に引きだし洗脳して戦争が正しいものと思わせてしまう。それだからこそ、戦争が恐ろしいのだ、私だって、特殊な条件下では、あなたを、殺す側に立ってしまっていたかもしれない。」

と、答えて変な顔をされたことがあります。

 アウシュビッツで、ユダヤ人達を毒ガスで殺す作業を終えたドイツ兵達が、作業を終ると、自室でベートーベンの音楽を楽しんでいたり、大統領が、非戦闘員を殺す作戦に平然と署名したりできるのが、人間です。美しい戦争など、あり得ません、戦争が始まってしまってはおしまいです。

 学校の焼跡で朝礼がありましたが、いつもは威勢のいい教頭先生が、けがをした腕を布で首から吊るしておられるし、先生は2・3名、生徒は20〜30人だけの寂しいものでした。 

この時、家屋強制疎開作業(2)に出動した1・2年生が作業現場の小網町で被災したことを知りました。何一つ遮蔽物のない原爆直下の屋外に居たのですからたまりません。 

原爆投下の8時16分と言えば、8時からの朝礼の最中か、作業を開始したばかりの時間ですから、上着を脱いだ裸同然だったと思われます。午後になると、被災現場の小網町の捜索に当った生徒が、遺品の弁当箱や上着を持ち帰り、校庭に並べました。引き取りてがないのか、校庭に何時までも置いてあった弁当は、やがて腐り始め、大豆の腐った、納豆の様な臭いになって来ました。もう最近でこそ、そんなことはなくなりましたが、その後かなり長い間、納豆や、物の焼けた臭いを嗅ぐと、条件反射的に広島のことが想い出されたものです。

学校の焼跡へ行った帰りに、夕方家の近くまで来た時、親しくしていた近所の下級生のお母さんに、バッタリお会いして、泣きだされてしまいました。同じ制服姿の中学生が帰ってきたのを見て、

「もしや!」と、一瞬思い、

「何故うちの子が死んでしまったのに、何ごともなく生き残っている人が居るのか。」と、思われたのでしょう。なんとも、いたたまれない気持がしました。どうしようもない、偶然の結果とは言うものの、我々生き残り組の原罪のようなものです。

広島は太田川の下流にあるデルタ地帯にあるため、何本にも分かれた太田川の沢山の支流が市内を南北に流れいてます。原爆の直射熱線やその後に起きた火災で火傷をし大けがをした多くの人が太田川に逃れましたが、ちょうど満潮時にあたっていて水深が深かったので、川を渡って逃げることが出来ずに溺れたり、込み合った狭い橋から落ちて水に飲まれて沢山の人が亡くなられたようです。

 被爆後何日か経つと、一旦は流されたり沈んだりしていた死体が、腐敗してガスを含んで軽くなって、ぱんぱんに膨れて浮き上がり、満ち潮にのって、ごみと一緒に川面いっぱいに漂っていました。臭み止めでしょうか、手拭いで顔を覆った人が何人も腰まで浸かって川に入って木切れや塵に混じって俯きになって浮かんでいる死体を、手に持った棒でひっくり返しては調べていました。救護所や死体置き場を探しても見つからず、川の中まで、未だに帰らない肉親の姿を探し求めていたのでしょう。

浮上した 屍体累々 かきわけて

パンパンに 膨れた屍体 河一面

上げ潮で 塵芥と屍体が 川面一面

上げ潮の 河一面に 塵芥屍体

わっと散る 蝿が遺体の 場所示し

うちの子は まだ帰りませんに 言葉なし


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