5. 敗戦 昭和20年8月15日

ラジオも新聞もない原爆被爆後の広島のことですから、8月15日に天皇の放送があって、日本が負け戦で終わってしまったことを一週間位は知りませんでしたし、それを聞いた後でも、信じたくない話なので、被爆後流れた多くのデマの一つかと思っていました。今まで、飛行機雲を引きずりながら、空高く、点のようにしか見えなかったB29が、それこそ、乗っている人の顔が見える程に低空で来たことを思い出します。

当時、空襲の際に頭部を守る防空頭巾を何処に行く時も肩に掛けて持って出ることが身について、習慣になっていました。戦争が終わってから、もう空襲もないし、防空頭巾も必要がないと解っていても、本当に必要なくなつたのか、何か不安で、暫くの間は持って歩いていました。

米軍を初めて見たのは、9月になって高浜村に移動する途中、長崎を通った時でした。長崎の港に満艦飾の米軍の軍艦が停泊していて、もの凄いエンジン音を響かせ波を蹴立てる上陸用舟艇やジ−プに乗った米兵をみて、始めて戦争に負けたことを実感しました。

これからは 本当に頭巾 要らぬかと

敗戦を デマと笑って 一週間

戦争に 負けたもデマの 一つかと

本当に 負けたらしいと 焼跡で

そう言えば Bさん何故か 低く飛ぶ


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