12.アメリカは何故原爆を投下したか。
   果たしてそれは正当だったのか

アメリカが日本に原爆を投下したことに関して、

原爆投下は必要だったし、そのために多くの人命が救われた、むしろ戦争を慈悲深く終わらせるのに役立った。」

と、アメリカの原爆投下を肯定する意見と、

「日本は原爆を用いなくても降伏は間近の状況にあつた。また、本土決戦が行われてもそれほどの死傷者がでると予想されていなかった。」

と、原爆投下の必要性を否定し、その無差別性と残虐性から、アメリカに道義的責任があるとする意見まで、多くの意見が提出されており、この問題について多くの議論がなされています。

 アメリカが原爆を投下した理由及びその正当性、それに反対する意見等についての各種意見の概要を整理して紹介するとともに、この問題に対する世界各国における最大公約数的な見解を示し、一般市民の認識に大きな影響を与えると思われる各国の中学・高等学校の教科書がアメリカの原爆投下問題をどのように扱っているかについて調べた結果についても紹介します。

意見−1. 原爆投下は正当であり、原爆投下によって戦争が早期に終わり多くの人命を救うことが出来た。


(1)原爆投下自体に対する多くのアメリカ人の意見
「広島への原爆攻撃は真珠湾奇襲への報復だ
(2)アメリカ政府の公式見解 「米国は破滅的な最終兵器を用いて10万人から20万人の民間人を殺さざるを得なかった。日本に衝撃を与えて降伏させ、本土侵攻によって失われたはずの100万人の米兵の生命を救うためである。」
(3) 原爆投下最高責任者トル−マン大統領 「原爆投下は戦争を早く終わらせ、人命を救うため、やむを得なかった」
(4)前大統領ジョ−ジ・ブッシュ 「原爆投下は正しかった。何百人ものアメリカ人の命がこれで救われた。」
(5)『ボストン・グロ−ブ』論説委員ジェフ・ジャコビ− 
         (1991年12月1日 ABCテレビ) 「日本上陸作戦によって、50万人のアメリカ人と200万人の日本人の命が失われたであろう。」
(6)『ウォ−ルストリ−ト・ジャ−ナル』無記名社説 
                 1994年8月29日 原爆は戦争を早期に終わらせ、100万以上のアメリカ兵の死傷者を防いだ。
(7)アメリカの高校教科書−A
『自由の国の歴史(History of Free Nation, Glencoe-McGraw Hill,1994)』 「…甚大な被害にもかかわらず、日本の軍部指導者は無条件降伏を拒否した。アメリカの指導部は日本への上陸が行われれば、相当の抵抗を招き、100万人もの命が失われるかもしれないことを心配し、新たに開発された原爆を使用した。人的、物的被害の程度に驚いた天皇は、国民に“耐え難きを耐える”よう告げて和平を乞うた。」
(8)日本の中学校の教科書(日本書籍(株)
     「中学社会 歴史分野」平成4年文部省検定済) 1945年8月6日、原爆直後のトル−マン声明として、解説抜きで、次の文を紹介している。

 「7月26日、ポツダムで最後通告を発したのは、日本国民を破滅から救わんがためである。日本首脳はこれを拒否した。この期に及んでも、当方の要求を拒否するにおいては、有史以来最大の破壊力を持つ爆弾の雨が引き続き、かれらの頭上に降り注ぐことになるであろう。」

(9)1994年9月22日、米国上院の議決 「エノラ・ゲイは第二次大戦を慈悲深く終わらせるのに役立った」
(10)1995年対日戦勝50周年を記念する
    「原爆記念切手」 「原爆が戦争終結を早める」と、説明文を付したキノコ雲図柄の切手を発行すると米国郵政省が発表。広島市民、日本政府がこれに反発。日米関係の悪化を心配したクリントン大統領の働きかけで切手の図柄が変更された。



意見−2. 原爆投下に正当性はなく、原爆が多くのアメリカ人と日本人の命を救ったとする説は疑わしい。

(1)アメリカの高校教科書-B
『アメリカの国(The American Nation, Holt, Rinehart & Winston, 1995)』 「トル−マン大統領は『二つの原爆がアメリカ軍の日本上陸を回避し、何十万ものアメリカ人と日本人の命を救ったはずだった。』と言ったが・・…、歴史家のなかには、この説明を疑問とするものがある。」
(2)ロシアの中学校教科書
   『中等学校 11年生用 現代史 1939−1992』 「アメリカの原爆投下は人類初の大量殺戮兵器の使用だつた。アメリカでは、これは日本上陸とそれに引き続く戦闘によってもたらされるであろう多大な損害を回避するために、やむをえなかったのだ、という正当化がなされている。しかし実際のところは、軍事的にはなんらの必然性をもたないものだつた。その後の核開発競争の発端ともなったこの非人道的な行為は、アメリカの戦略的優位を誇示するものだつた。原子爆弾の一時的な独占状態を手にして、アメリカは戦後世界におけるヘゲモニ−(主動的地位)を確立しようとして狙ったのである。」
(3)『日本政府が国際司法裁判所に提出した陳述書』(1995年6月) 「核兵器の使用は、その絶大な破壊力、殺傷力の故に国際法上の思想的基盤にある人道主義の精神に合致しないと考える」と、しており、アメリカに遠慮してか「核兵器の使用は国際法違反である」とは踏み込まないあやふやな表現しか取っていない。
 原爆投下直後の昭和20年8月10日に、日本政府はスイス政府を通じてアメリカに対して、「米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別かつ残虐性(ざんぎゃくせい)において、従来かかる性能を有するが故に禁止せられる毒ガスその他の兵器を遙かに凌駕(りょうが)しおれり。」として、国際法違反を非難する抗議文を出しているが、日本がアメリカのとの戦争に負けたからと言って、この主張は今でも正論だったのであり、あくまでも正論を主張することが最終的には世界の平和に繋がると思いますが残念です。



意見−3.原爆を投下する必要はなかった。原爆が投下されなかったとしても、早期に日本は降伏したであろう。


(1)『米国戦略爆撃調査団報告書』(日本大百科全書、小学館、1986年) 「あらゆる事実の詳細な調査をもとに、生き残った日本指導者の証言でもうらづけられるのは、原爆投下が行なわれず、また、ソ連の参戦がなかったとしても、九州上陸作戦予定日の1945年11月1日までにおそらく、日本は降伏したであろう。」
(2)アメリカの高校教科書−B 『アメリカの国(The American Nation, Holt, Rinehart & Winston, 1995)』 「原爆や上陸作戦がなくても日本は降伏したであろう。さらに長期的な観点にたてば、原爆投下は、その後の危険な核の時代をスタ−トさせることになった。」
(3)米国原子力規制委員会 J.サミュエル。ウォ−カ−歴史主任
   『葬られた原爆展 スミソニアンの抵抗と挫折』、五月書房、
   1995年9月18日
「広島・長崎に関する主要文献を調査し、次の重要な二点に関しては例外なく意見が一致してることに気がついた。」 
  1. 米軍の本土上陸を避けるため、そして戦争を早期に終結させるために原爆投下は必要なかったとする意見で学者達の意見が一致している。
  2. 原爆に変わる選択技は存在した、しかもトル−マン大統領と側近達は明らかにそれを知っていた。


意見−4.よしんば広島への原爆投下が正当であったとしても、広島の、たった3日後に長崎にも原爆を投下した理由を、広島への原爆投下の正当づけでは説明できない。

ニュ−ルンベルグ裁判のアメリカ主席検察官テルフォ−ド・テイラ− 『葬られた原爆展 スミソニアンの抵抗と挫折』、五月書房、1995年9月
「広島への原爆投下の是非に関しては議論が分かれる、しかし、長崎に投下した原爆を正当化するもっともらしい理論を私は聞いたことがない。強制収容所があったダッハウやアウシュビッツ、トレブニンカで行われたことと比べれば悪意がなかったとでも言うのだろうか。ドレスデンの大空襲や長崎への爆撃が戦争犯罪であったことは、後からふりかえっても、まず動かないだろう。」

日本の高校教科書では、単に原子爆弾が8月6日に広島、長崎に投下されたことと、8月15日ポツダム宣言を受諾して、戦争が終結した事実を述べるに留まる非常に簡単なものでした。


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