おわりに

広島市では、原子爆弾による被爆者で死亡された方々を慰霊し、人類の恒久平和を祈念するため、広島に設置してある原爆死没者慰霊碑に原爆死没者名簿を奉納しています。

亡くなった母米子と姉愛子は共に広島での原爆被爆者でしたが、今までこの慰霊碑への名簿奉納をしておりませんでした。この度、私達兄弟、愛子の夫のジム・ウィルソン、息子の晃・ウィルソン、娘の飯塚桂子達と相談した結果、遅ればせながらこの原爆死没者慰霊碑に名簿奉納をして、永久にこの慰霊碑に名を留めていただいて、人類の恒久平和を祈念することが母や姉の霊をなぐさめることにもなるとの結論に達しました。

母米子と姉愛子について、死没者名簿への追加関係の諸手続きは泰弘兄が済ませており、1999年8月6日に広島で行われる原爆死没者慰霊式に際して、死没者名簿に追加奉納していただくことになっており、私も当日の慰霊祭に参列いたします。

1994年のことですが、原爆投下による死没者の遺族のなかで、被爆者健康手帳を持っている人に対して、「特別葬祭金」10万円を支給する、との通知があって、驚きました。

確かに母は原爆に起因すると思われる癌で亡くなりましたし、私も被爆者の一人ではありますが、原爆投下後50年近くになり、母が亡くなってから28年も経った今頃になって「葬祭金」というのも、おかしいような気がしますし、戦争の被害を受けたのは原爆による被爆者だけでなく他の都市での戦災者や引揚者の中には家族を亡くされた方も多く、被爆者に勝るとも劣らぬ苦労をされた方も多い中で、如何に戦争を起こした責任が国家にあるとは言え、このような形で、被爆者であるからとして、10万円のお金を戴くのは何とも心苦しく、一度は受け取りを辞退しようかとも思いましたが、思い直して、そのお金をありがたく頂戴し、その頃から考えていた「原爆の記録」の製本・印刷等の製作費用に当てさせていただくことにしました。

この「特別葬祭金」は1994年12月9日成立した「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法」が制定されたことによつて支給されたものですが、その前文を見ますと、「国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる総合的な被害であることに鑑み、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ、あわせて、国として原子爆弾による、死没者の尊い犠牲を明記するため、この法律を制定する。」と、なっております。

今回、私の体験と死没者の尊い犠牲を記録に残し、皆様にお読み戴くための冊子作成の印刷、製本、発送等に必要な費用の一部にこのお金を当てさせていただきますので、この「特別葬祭金」が最も生かされることになり、亡くなった母や姉、また、多くの私の学友達を弔うことになると思います。

この冊子を作成するにあたり、旧制広島市立中学校遺族会、広島平和記念資料館他資料を提供して下さった方々、原稿の査読をして下さった方々や、執筆が長年に渡ったて、弛みがちになる私を、おだて、励まし、原稿校正や一般読者の立場から良き批評をしてくれた、読者第一号の妻節子に感謝します。



  私の広島  原爆体験記

  平成11年8月6日

  非売品

               北川 正博


   Eメ−ル番号:kitagawa@mqb.biglobe.ne.jp


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